イタリアの祝祭

イタリアの祝祭

お馴染みの長靴型の半島と地中海に浮かぶ島々からなるイタリアは、中世やルネサンスの栄華をしのぶ壮麗な建築や絵画や彫刻など情感豊かな文学や音楽の珠玉な作品
は、現代の私たちに大きく影響を与えて、楽しませてくれる。さらにイタリア人の陽気な気質がさらに繰り広げられる祭りが個性豊かで魅力的なものにしているのは間違いない。

人口の9割近くがカトリックへの信仰を維持しているイタリアでは、キリストや聖母マリア、あるいはさまざまな聖人たちにちなんだ祝日の並ぶ教会が1年のリズムを刻んでいる。

農村地域では、農業を限定する自然のサイクルにそった祭りが多く、また、都市部の祝祭では、歴史や伝統を意識した市民的な性格を持つ者が多い。

山間の街であるアッシジが本格的な春を迎えるころ、聖フランチェスコゆかりの都市では、毎年「春の女王」を選ぶ「5月祭」が開催される。長く暗く厳しい冬の後に訪れる生命に満ちた春を祝福して、1年の豊かな実りを感謝祈念するこうした祭りは、アッシジの以外のたの地域でも見ることが可能である。豊穣の象徴である5月柱を立てる祝祭は、ヨーロッパ各地で広くみられる有名なものだが、イタリアでも地域ごとにさまざまな種類をともなって、ロンバルディア州からシチリア州にいたる山岳地帯に多く広まっている。また、地中海に浮かぶ、小島ファビニャーナでは、5月から6月にかけてマグロを儀式的に解体する「マグロ大漁祭」が開催され、豊漁と安全が祈願される。

秋では、エミリア・ロマーニア州のトリュフ祭やオーストリア国境にほど近いメラーノのブドウ祭りのように、大地の豊かな恵みを感謝して祝う祭りが各地で行われる。祭りのときは、家々や街路にブドウの房や枝があふれ、その中をロザリオの聖母の行列や寓話的な山車の後進が通り、夜にはイルミネーションが光り輝くきれいな祝祭になる。

また、1934年にはじめられたローマ北方のソリアーノ・ネル・チミーーノの栗祭りでは、広場にしつらえれれた巨大なフライパンで焼かれた栗が観光客にふるまわれる。そもそもこの栗はローマ教皇庁に納められていたが、村と城塞を狙ったナルディーニ伯の侵略を村人が阻止してという功績実績に対して、当時の教皇インノケンティウス8世がクリの収穫権利を譲りわたしたのが由来である。この史実にちなんで、栗祭りでは伝統的な衣装に身をつつんで仮装した時代行列が再現されている、馬上槍試合や弓射合戦も行われるようになっている。

 

一方、イタリア南部のモリーゼ州の山村イェルジでは、春秋の季節に小麦祭りが開催される。1805年にこの地域を襲った地震から守ってくれたという感謝で、祭りは今では、聖アンナにささげられ、数多くの麦穂やわらで飾り付けられた人形が村中を練り歩く。この祭りは、もとはキリスト教以前の大地や収穫の神々への信仰と関連があるとされており、土着の信仰が吸収された一例である。

こうして、春や秋には、農漁業に関係の深い祭りが多くみられるのに対して、夏には、歴史的なサッカーや競馬、馬上槍試合など都市国家の伝統を継承する競技的な祭りが観衆を熱狂させる。

また、ロウソクや電飾の光が夕闇の中に街並みを浮かびあがらせるピサやルッカの幻想的な「光の祭典」も有名で、欠かすことができない夏の風物詩である。さらにヴェローナやローマでは、野外の古代遺跡を舞台にオペラが上演され、ヴェネチアでは隔年でビエンナーレ(2年に1回開かれる美術展覧会)が開催されている。こうした新しいイベントも今では、夏を彩る新しい恒例行事となっている。